Web・IT企業のM&Aでデューデリジェンス(DD)に備えるなら、まず「収益が続く根拠」と「買い手へ引き継げる根拠」を資料でつなぐことが大切です。決算書だけでなく、顧客契約、担当者、アカウント、ソースコード、運用手順を整理すると、確認が必要な点を早く見つけられます。
この記事では、譲渡企業が準備する資料を、初期相談から基本合意後のDDまでの段階別にまとめます。共有範囲は案件、契約、情報の機密性によって調整します。以下の表はWeb・IT事業向けの準備例であり、すべての案件に同じ資料や順番が必要という意味ではありません。
最初に作る資料は「事業概要」と「未整理事項の一覧」
相談前にすべての契約や権限を修正し終える必要はありません。事業の概要と、何が確認済みで何が未確認かを整理しておくと、専門家と優先順位を決めやすくなります。
- 事業概要:サービス、売上構成、継続収益、顧客数、人員、譲渡理由、希望する引継ぎ条件。
- 収益の概要:直近の月次売上と粗利、保守・運用・サブスクと単発案件の区分、上位顧客への集中度。
- 運営の概要:代表者やキーパーソンの役割、外注先、利用サービス、障害対応の体制。
- 未整理事項:契約書がない取引、個人名義のサービス、権利の帰属が未確認のコード、移管条件が不明なアカウント。
顧客名を伏せても、業種、売上比率、契約期間、継続年数などで事業の特徴は説明できます。ただし、所在地、特徴的な実績、URLなどを組み合わせると会社や顧客を推測できる場合があるため、匿名資料も共有前に確認します。
段階別に共有するDD資料の目安
| 段階 | 準備・共有する資料の例 | 共有前に決めること |
|---|---|---|
| 初期相談・匿名での候補先打診 | サービス概要、概算売上・利益、継続収益の割合、人員数、譲渡理由、希望条件。顧客・人材の情報は集計や識別番号で整理。 | 会社や顧客を特定できる情報を含める範囲、打診先、資料の管理担当。 |
| NDA締結後・具体的な検討 | 過去3期を目安とする決算書、直近試算表、月次推移、顧客別売上、契約一覧、組織図、主要サービスと権限の台帳。必要に応じてマスキングした契約書。 | 受領者、利用目的、再共有の範囲、閲覧・ダウンロード権限。NDAに加え、顧客との守秘義務や個人データの取扱条件も確認。 |
| 基本合意後・DD | 調査項目に応じた契約原本、財務明細、労務資料、知的財産・コードの権利資料、セキュリティ資料、移管手順、買い手の質問への回答。 | 調査担当者のアクセス範囲、機密情報の提示方法、質問窓口、未提出資料と提出予定日、検討中止時の返却・削除方法。 |
| 最終契約・引継ぎ準備 | 移管対象の確定一覧、同意や手続の進捗、顧客・従業員への説明計画、権限切替計画、請求・サポートの引継ぎ手順。 | 実施日、責任者、完了確認の方法、成約前に必要な対応と成約後に残る対応。 |
資料のフォルダーには、資料番号、対象期間、作成日、担当者を付けます。別の数字に更新した場合は旧版との違いも記録し、買い手への回答と提出資料の数値が食い違わないようにします。
M&A全体の進め方や支援機関との契約は、中小企業庁の中小M&Aガイドラインも確認してください。具体的な調査範囲は、買い手と財務・法務・税務・技術等の専門家が案件に応じて設定します。
財務資料は「売上」から「継続する粗利」まで説明する
制作、保守、広告運用、SaaSなどが混在する場合、合計売上だけでは収益の性質が伝わりません。事業別・顧客別に売上と直接原価を整理し、外注費、クラウド費、媒体費等の扱いをそろえます。広告費の立替額と運用報酬は区別して説明します。
- 決算書、税務申告資料、直近試算表、月次売上・粗利・主要原価。
- 継続契約の件数、単価、更新月、解約履歴、未収金、前受金。
- 上位顧客への売上集中、終了予定の案件、赤字案件、季節変動の理由。
- 一時的な収益・費用や役員報酬など、利益の比較で説明が必要な項目。
調整後の利益を示すときは、帳簿上の利益から何を加減したのかを一覧にします。「将来も続く」と見込む理由は、契約や更新実績で裏付けます。企業価値や条件交渉は評価・交渉実務ガイドで詳しく整理しています。
契約・人材・権限・コードの確認資料
| 領域 | 台帳に記載する項目 | 確認する資料・条件 |
|---|---|---|
| 顧客・保守契約 | 顧客識別番号、サービス、売上、契約期間、更新・解約条件、担当者。 | 契約書、注文書、請求書。契約の譲渡、支配権変更、再委託、守秘義務に関する条項と、顧客への通知・同意の要否。 |
| 従業員・業務委託・外注 | 役割、担当顧客、技術領域、稼働、代替担当、引継ぎ可能な業務。 | 雇用・委託契約、就業規則、報酬・勤怠資料等。人員の承継方法、契約更新、権利帰属、説明時期はスキームに応じて確認。 |
| ドメイン・サーバー・CMS | 対象サービス、契約名義、請求先、管理者、更新日、バックアップ先。 | 契約・利用規約、移管手続、停止を避ける切替手順。個人名義の場合は事前に変更可否を確認。 |
| 広告・解析・決済・ストア | アカウントID、所有者、顧客保有か自社保有か、権限の種類、支払主体。 | 各サービスの最新規約と正式な移管・管理者追加手続。顧客の承認や再審査が必要かを確認。 |
| ソースコード・制作資産 | リポジトリ、製品・案件、作成者、権利者、使用ライブラリ、運用担当。 | 顧客・外注契約の権利条項、OSS・商用ライセンス、第三者素材の条件。ビルド、テスト、デプロイ、障害対応の手順。 |
株式譲渡と事業譲渡では契約や人員の承継方法が異なります。契約ごとの条項と取引方法を照合し、通知、同意、再契約などの必要性を確認します。アカウントもサービスごとに条件が違うため、ログイン情報を渡せることだけで移管可能と判断しないことが大切です。
DD段階では、パスワードやAPIキーを一般の資料フォルダーに保存せず、必要な閲覧権限を個別に設定します。コードや顧客データの提示範囲も調査目的に合わせて決め、最終的な秘密情報の切替は引継ぎ計画で管理します。
顧客DB・個人情報・セキュリティ資料の扱い
顧客DBやCRMは、保有しているデータの種類、利用目的、保管場所、アクセスできる人、委託先を一覧にします。初期段階は集計資料を基本にし、個人データの提供が必要な場合は、提供範囲、利用・管理方法、漏えい時の対応、交渉が不調となった場合の措置を専門家と確認します。
個人情報保護委員会の個人情報保護法ガイドライン(通則編)では、事業承継に伴う提供や交渉段階の調査について取扱いを示しています。NDAを締結しただけで、個人データを自由に共有・利用できると考えないようにします。承継前の利用目的も確認が必要です。
セキュリティ資料には、資産台帳、アクセス権限、バックアップ、障害・インシデント履歴、委託先の管理状況をまとめます。IPAの中小企業の情報セキュリティ対策ガイドラインと付録の資産管理台帳は、情報資産を洗い出す際の参考になります。
業種ごとに追加する資料
| 事業 | 追加する資料・説明 |
|---|---|
| Web制作・WordPress保守 | 保守範囲、更新率、顧客別の作業工数、テーマ・プラグインの権利、バックアップ・障害対応。WordPress制作会社の確認点。 |
| 広告運用 | 媒体別の運用報酬、契約更新、顧客保有アカウント、レポート体制、担当変更時の引継ぎ。広告運用会社の実務ガイド。 |
| SaaS・クラウド | MRR・ARRの定義と算定明細、顧客数・解約率の推移、サポート工数、クラウド原価、開発計画。SaaS会社の実務ガイド。 |
| EC・D2C | 在庫と滞留品、仕入・物流契約、返品、モール依存、広告費、CRM、ブランド・画像の権利。ECサイトの実務ガイド。 |
| Webメディア・SEO | 流入と収益の推移、記事・画像の権利、広告・アフィリエイト契約、編集体制、主要ページへの依存。Webメディアの実務ガイド。 |
| 受託開発・ITサービス | 進行案件、検収条件、顧客別粗利、エンジニア稼働、外注契約、保守体制。受託開発会社の実務ガイド。 |
KPIは名称だけでなく、対象期間と計算方法をそろえます。たとえばチャーンは顧客数ベースか売上ベースかで意味が変わります。買い手と同じ定義で比較できる算定明細を残します。
未整理事項は「影響・対応・期限」で管理する
見つかった課題は、隠さずに一覧化します。台帳の列は「確認事項/現状/売上や運営への影響/対応方法/担当者/期限/買い手と合意が必要な点」とすると管理しやすくなります。
たとえば個人名義のサーバーが見つかった場合、契約変更の可否、必要書類、停止の可能性、切替の担当者を確認します。確認済みの事実と未確認の見込みを区別し、契約や取引条件に影響する項目は調査担当者へ共有します。
成約後の顧客説明、請求、サポート、権限切替は、DDで見つかった課題を引継ぎ計画に反映して準備します。中小企業庁の中小PMIガイドライン・実施ツールや、当サイトのPMI準備ガイドも活用できます。
相談前によくある質問
資料がそろっていなくても相談できますか?
事業概要と手元にある資料から相談できます。不足資料の一覧と取得方法を整理して、準備の優先順位を決めていきます。
小規模な会社でも同じ資料が必要ですか?
調査範囲は規模や事業、取引方法によって変わります。少人数でも、顧客契約、代表者に集中している業務、サービスの名義と権限は早めに把握しておくと引継ぎを検討しやすくなります。
DDで課題が見つかると売却できませんか?
課題の内容と影響によって判断が変わります。必要な手続、改善方法、取引条件への反映を当事者と専門家で検討します。課題の有無だけでなく、買い手が状況を理解できる資料があることが大切です。
Web・IT事業の譲渡準備を始める方へ
事業概要と手元の資料から、譲渡条件や準備が必要な項目を整理できます。Web M&A総合センターでは、譲渡企業様の相談料・着手金・中間金・成功報酬は0円です。
参考資料
- 中小企業庁:中小M&Aガイドライン
- 中小企業庁:PMIを実施する(ガイドライン・ワークシート等)
- IPA:中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン
- 個人情報保護委員会:個人情報保護法ガイドライン(通則編)
本記事は一般的な資料整理のための解説です。契約、税務、労務、個人情報、サービス規約の適用は案件に応じて専門家やサービス提供者へ確認してください。参考資料の確認日:2026年10月2日。

